MONOLOGUE|001
オシャレは足元から
立派なおじさんの私が子供の時からこのお言葉は既に間違いない法則としてありましたので、相当歴史的な言い伝えのレベルで存在しているのではないかと思います。
もちろん、否定するわけでもなく、概ねその通りであることは間違いないでしょう。
特に電車で座っていると向かいの方の足元が自然と視界に入ってきたりしますが、くたびれた靴を履いている方が比率としては多く、オシャレに見えないのも事実。
しかしながら、私自身これまでファッション関係の仕事に携わっておりますが、「オシャレは足元から」に縛られすぎている方をたまに見受けます。
「良い靴ですね!すごい時計ですね!」
と、
「オシャレですね!そのTシャツ似合ってますね!」
この褒め言葉の違いが全てです。
靴や小物だけは良いものを
もちろん、このお言葉の重要性はよくわかります。
確かにメンズファッションではレディースほど流行のスピードは速くないですし、トラッドなスタイルなどはそもそも流行とは別の次元で進化しているケースもあるので、定番を長く使い続けるために「良い物」を選択するのは当然です。
ただ、ちょっと残念なのが靴だけが良いものな人。
オシャレが足元だけ、、、
ファッションは時にTPOなるものがあったりしますが、基本的には自分自身が楽しむべきもので、気持ちが高揚するのであればそれが正解でしょう。
だけど、それにしても「靴だけが良すぎないか」というマニア的な方がたまにおられたりします。
好きな気持ちはもちろん否定しません。
ただ、もう少し「その素晴らしい靴に見合うファッションをしてくれないかなあ」と、すごく残念に思ったりするんですよね。
靴・時計と洋服は違う
ファッションアイテムの中で特に「靴」と「時計」は他の着用するアイテムとは大きな違いがあります。
例えば、ジャケットやTシャツ・パンツなどはどうしても似合う似合わないがでてきます。
なぜかというとサイズ感とかシルエットの選び方で選択肢が幅広いですし、同じモノでも着る人によって全く変わってしまう。
どんなに好きで「良いもの」でもダメな時はダメが発生してしまいます。
ショップのラックに掛かっている時は良く見えても、実際に着て見たらアレ?っていう感じ、一度や二度あると思います。
洋服は「人が着て初めて完成するモノ」なんです。
でも、靴や時計は「そのままで完成しているモノ」なんですよね。
靴は物理的にサイズが入らないというのを除けば、基本的に売っている状態のまま身に付けられるアイテムあり、履いたからといって形状そのものは変わりません。
時計もそう。バンドの調整さえすれば誰が付けても時計そのものの形状は変わりませんよね。
乱暴な言い方になりますが、靴や時計は洋服と違って「似合う似合わないがないモノ」です。
靴や時計は人に似合っているかどうかより、洋服やスタイルに合っているかが重要な要素になります。
仮にシャツとかジャケットであれば色味や柄が顔のトーンと合う合わないとか、骨格上合う合わないとかなったりしますが、靴や時計はどういうファッションに合わせるかがポイントになるでしょう。
結局、バランス
靴や時計は様々なファッションアイテムの中でも、オタク的な要素が強いアイテムです。
ブランドの歴史や成り立ち、製法や素材など突き詰めれば突き詰めるほど楽しくなっていく気持ち、ファッション好きな自分としては痛いほどわかる!知らず知らず陥ることも多々です・・・。
けど、やっぱりバランスは大事。。。
冒頭に述べました、
「良い靴ですね!すごい時計ですね!」
と、
「オシャレですね!そのTシャツ似合ってますね!」
やはり、この褒め言葉の違いです。
前者はモノを褒めており、後者はモノを通して人物を褒めています。
もちろんモノを褒められても嬉しいかもしれませんが、それはお金を出して購入し身につければ誰でも褒められるわけですよね。
モノを通して人物が褒められるのは、その人物が着用したから褒められているのであり、同じモノを他者が着用しても褒められるとは限らないわけです。
靴や時計にのめり込むのはすごく良いと思いますが、「オシャレが足元だけ」にならずに、せっかくなら全体のファッションにも少し熱量を持ってもらうと良いのになと思う今日のファッション独り言でした。
CONTENTS|001
CONTENTS|002
CONTENTS|003
CONTENTS|004
CONTENTS|005