GUCCI|グッチ


GUCCI
グッチ

グッチのブランドイメージやコンセプト、
コレクション情報、ニュース、ショップなどを解説

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Gucci
Milan Fashion Week Fall/Winter 2018/19

 グッチ

グッチとは

「GUCCI(グッチ)」は1921年にグッチオ・グッチがイタリア・フィレンツェで旅行鞄などの皮革製品店を創業したことが始まりで、品質保証の為にデザイナーの名前を商品に入れたことでブランドの元祖とも言われている。

現在ではバッグや財布などの革小物からアパレルまで幅広く商品を展開し、ラグジュアリーブランドとして確固たる地位を築いている。また、1990年代中盤以降からは常にトレンドを牽引するブランドの一つとなった。

グッチのブランドイメージ

現在のグッチのブランドイメージが出来上がったのは、トム・フォードが1990年にレディスウェアのデザイナーに就任、1994年にクリエイティブ・ディレクターとして全てのクリエイティブ面を統括してからである。

以前のグッチはと言うと、1960年代から70年代にブランドとして創業以来の全盛期を迎え、特にダブルGのロゴや赤と緑のストライプといった現在でもグッチの代名詞と言えるアイコンが世界的な人気となり、ハリウッドスターや王室のセレブも愛用する誰もが知る高級ブランドとして確立していた。

しかし、あらゆる分野で商品を拡大生産していくことで、ただロゴを付けただけのような商品が溢れ返るようになり、ブランドイメージが徐々に崩れていく。さらには同族経営を発端とした内紛騒動でグッチは低迷期に突入、特に1980年代のグッチは現在のイメージとは真逆のトレンドとは程遠い存在のブランドであった。

 

 創業からの歴史

創業期

グッチは1921年にグッチオ・グッチがイタリア・フィレンツェで創業したブランド。グッチオはイタリア・フィレンツェ生まれ。グッチオは両親が事業を失敗したことを機にイギリスに渡り、ロンドンの高級ホテル「サヴォイ・ホテル」でポーターとして働く。

イギリスの名門ホテルであるサヴォイ・ホテルには洗練された英国貴族が訪れ、当時ではまだ珍しい革製の鞄や宝石・絹製品など上質な製品をグッチオは目の当たりにした。この経験が後にフィレンツェに戻り、グッチ創業へのベースになったと言われている。

グッチオはイギリスから帰国後に革製品店に勤めるが、第一次世界大戦が勃発し徴兵される。戦争終結後はフィレンツェの革工房で働き、そこで革製品製作の基礎となる原皮の選び方からなめし方などの工程全てを学んだ。

そして、1921年にグッチオは自身の鞄店を開業。開業時はドイツやイギリスから輸入した革製品の販売と修理を主としていたが、質の高い修理事業が評判を呼ぶようになった為、工房を新たに設立し自社製品を製造販売するようになった。

1920年代は順調に店舗数を増やし事業は成功を続けるが、1930年代中盤に政治状況の影響により、これまで国外から輸入していた革の原材料を入手できなくなる事態が起きた。そこでグッチはイタリア国内の原皮を買い集め、さらには別素材を用いて革の使用量を減らした製品を開発、現在でも人気の高いキャンバス地を使用したバッグなどを作り出した。

また、第二次世界大戦後の禁輸措置下で物資が不足する逆境の中でも、竹を使用したバンブーバッグを開発。グッチ家と高い技術力を持つ職人が一体となって生み出した製品である。

拡大戦略と同族経営の終焉

1953年にグッチオの息子アルドが推し進めていた拡大戦略により、初の海外店舗をニューヨークにオープンさせた。拡大戦略に反対していた創業者のグッチオはこの年に死去。

グッチオがこの世を去った後は息子のアルドが事業の中心として動き、アメリカ市場で店舗を拡大していく。1970年代には日本を含めたアジアにも進出し、この時期はグッチにとって創業以来の全盛期を迎えた。

しかし、絶頂期も徐々に陰りを見せてくる。あまりにも商品の分野を広げすぎたため、グッチのロゴをつけただけの粗悪なアイテムが出回り、そこからブランドイメージの崩壊がはじまり、さらには同族間での内紛問題が勃発し混迷を極めていく。

1983年にグッチオの四男ロドルフォが死去し、息子のマウリツィオが実権を握ると変革に着手していく。これまで同族内で経営を担っていたが初めて外部から経営者を招き入れ、グッチの法律顧問をしていたドメニコ・デ・ソーレがグッチアメリカのCEOに就任する。1989年にはバッグドーフ・グッドマンの社長だったドーン・メロウをクリエイティブ・ディレクター兼副社長に迎えた。

しかし杜撰な経営から大損失を続けたマウリツィオは、1993年に投資会社イベントスコープ社に株式を全て譲渡。ここでグッチは約70年にも渡ったファミリー企業としての経営体制を終焉させた。

ラグジュアリーブランドとしての復活

イベントスコープ社はグッチ再建の為、1994年にグッチアメリカCEOのドメニコ・デ・ソーレを本社COOに任命、クリエイティブ・ディレクターにトム・フォードを就任させた。ここからグッチの復興と驚くべき成長がはじまり、わずか2年間で売上は3倍に伸びていく。

ドメニコはこれまで不均衡になっていた商品の質と価格のバランスを見直していき、品質に関しては熟練の職人や業者への手厚いサポートと引き換えに、高品質な商品を納品させた。その一方、広告戦略にも注力しイメージを一新させていく。さらに各国のFC店を直営店にする為に積極的に買収、世界的にグッチの世界観を統一出来るよう改装にも多くの資金を割いた。

クリエイティブ・ディレクターのトム・フォードは類稀なる才能でコレクションを成功させ続け、さらに自らも広告塔となっていくことでドメニコと供にグッチを見事に再生させた。このことはブランドの復活戦略の基礎として「トム・フォード シンドローム」とも呼ばれている。

プラダ、LVMHによる買収劇

順調に業績を伸ばし続けるグッチだったが危機が訪れる。イベントスコープ社がグッチ株を公開し全て売却した為、1998年6月にプラダがグッチ株の9.5%を取得し筆頭株主に、さらに1999年1月にはLVMHがグッチ株を5%取得、その後、プラダは保有するグッチ株をLVMHに譲渡、最終的にLVMHは持ち株比率34.4%でグッチの筆頭株主となった。

筆頭株主になったLVMHのCEOベルナール・アルノーは取締役会で取締役の任命権を主張。ドメニコは従業員持株制度の導入で新規株を発行し、LVMHの持株比率の引き下げを目論むが、LVMHは訴訟を起こす。

ドメニコは打開策としてフランスの流通大手ピノー・プランタン・ルドゥート(PPR)にホワイトナイトとしての役割を担ってもらう為に接触。PPRはグッチ株を取得し持株比率40%で筆頭株主となり、1999年にグッチとその傘下ブランドを買収する。

グッチグループ

グッチは買収劇が繰り広げられる最中も1998年にバレンシアガ、1999年にセルジオ・ロッシ、2000年にブシュロン、イヴ・サンローラン、2001年にボッテガ・ヴェネタ、アレキサンダー・マックイーンなど、次々とラグジュアリーブランドを傘下に収めていく。

PPRの決断

PPR傘下の元、経営者ドメニコ・デ・ソーレとデザイナーのトム・フォードによりグッチは大きな飛躍を続けるが、双方に溝が生まれはじめる。

2001年、トム・フォードは傘下に収めたイヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターに就任。サンローランはトム・フォードによりブランドイメージが変貌していく。デザイナーの交代でブランドイメージが大きく変わることは現在において当たり前とも言える現象だが、当時はサンローランという名門メゾンであったことからも批判的な意見が多かった。ただ、サンローランがトレンドの先端に再び登場することができたのはトム・フォードの力なしでは成し遂げられなかったのではないだろうか。

PPRはグッチがトム・フォードそのものとなり、さらにはグッチ化していくサンローランを危惧、グループのブランドコントロールについて意見が対立するドメニコとトム・フォードを解任することを決めた。

2004年にドメニコ・デ・ソーレとトム・フォードはグッチグループを去り、以後はPPRがグループを完全にコントロールしていく。

トム・フォード以後のグッチ

トム・フォードの後任に選ばれたのは、グッチのウィメンズがアレッサンドラ・ファッキネッティ、メンズがジョン・レイ、アクセサリーがフリーダ・ジャンニーニ。イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュにはステファノ・ピラッティが就任した。

しかし、アレッサンドラ・ファッキネッティとジョン・レイは次々と退任。2006年からフリーダ・ジャンニーニがグッチ全てを統括するクリエイティブ・ディレクターに就任した。

フリーダはホースビットやGGロゴやフローララインなどグッチの伝統的なアイコンを用いたコレクションを発表。特にこれまでキャンバス地の製品に使われていたダブルGのロゴをレザーに型押しした「GUCCISSIMA(グッチッシマ)」は高い人気を得る。

2013年にPPRは組織改変と商号変更により「KERING(ケリング)」を設立、グッチはケリング傘下のブランドとなる。翌年、フリーダ・ジャンニーニは退任。後任にアレッサンドロ・ミケーレが就任し現在に至る。

 

 ブランド名の由来

グッチのブランド名は、創業者のグッチオ・グッチから付けられた。デザイナーの名前をブランドロゴとして使用したのはグッチが世界初である。

 

 グッチのデザイナー

略歴

1989年:ドーン・メローが副社長兼クリエイティブ・ディレクターに就任
1990年:”Tom Ford(トム・フォード)”がウィメンズウェアのデザイナーに就任
1994年:トム・フォードがクリエイティブ・ディレクターに就任し、ブランド全体を統括
2004年:トム・フォードが辞任
同年:ウィメンズウェアのデザイナーに”Alessandra Facchinetti(アレッサンドラ・ファキネッティ)”が就任、メンズウェアのデザイナーに”John Ray(ジョン・レイ)” が就任
2005年:ウィメンズウェアのデザイナーに”Frida Giannini(フリーダ・ジャンニーニ)” が就任
2006年:ジョン・レイが退任し、フリーダ・ジャンニーニがクリエイティブ・ディレクターとしてウィメンズ・メンズの全てを統括
2014年:フリーダ・ジャンニーニが退任
同年:”Alessandro Michele(
アレッサンドロ・ミケーレ)”がクリエイティブ・ディレクターに就任


トム・フォード

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Tom Ford
February 2018 – New York Fashion Week

”Tom Ford(トム・フォード)”は、アメリカ・テキサス州オースティン出身、1962年生まれ。ニューヨーク大学で美術史を学び、同時に俳優も志していたが、ニューヨーク大での在学期間1年でニューヨークのパーソンズに編入し1986年まで建築を学んでいた。その後は「Cathy Hardwick(キャシー ハードウィック)」や「Perry Ellis(ペリー エリス)」で経験を積む。

《 略歴 》
1990年:グッチのウィメンズ部門のデザイナーに就任
1994年:グッチのクリエイティブ・ディレクターに就任
2001年:
イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュのクリエイティブ・ディレクターに就任
2004年:グッチ及びサンローランのクリエイティブ・ディレクターを退任
1995年:VH-1ファッションズ・フューチャー・ベスト・ニュー・デザイナー賞を受賞
1996年:VH-1メンズウェア・アンド・ウィメンズウェア・デザイナー・オブ・ジ・イヤーを受賞
1999年:VH-1ウィメンズ・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞
2005年:トム フォード社を設立
2006年:「ERMENEGILDO ZEGNA(エルメネジルド ゼニア)」と製造提携の契約締結
2008年:映画『007/慰めの報酬』のジェームズ・ボンド着用スーツをデザイン
同年:CFDAメンズデザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞
2009年:クリストファー・イシャーウッドの原作の小説を映画化、『A Single Man(シングルマン)』を発表し映画監督デビュー

 


アレッサンドラ・ファキネッティ

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Alessandra Facchinetti
Gucci – Spring/Summer 2005

”Alessandra Facchinetti(アレッサンドラ・ファキネッティ)”はイタリアのベルガモ出身、1972年生まれ。ベルガモスクールオブアートを卒業、1993年にインスティテュート・マランゴーニを卒業。

《 略歴 》
1993年:「Miu Miu(ミュウ ミュウ)」でデザインブランドコーディネーターとして働きはじめる
2000年:「GUCCI(グッチ)」に入り、トム・フォードの元でデザイン・ディレクターを務る
2004年:「グッチ」のウィメンズのクリエイティブ・ディレクターに就任
2006年:「MONCLER(モンクレール)」のウィメンズのハイエンドライン「モンクレール ガム ルージュ」のデザイナーに就任
2007年:「モンクレール」のデザイナーを辞任し「VALENTINO(ヴァレンティノ)』のプレタポルテ及びオートクチュールのクリエイティブディレクターに就任
2008年:「ヴァレンティノ」のクリエイティブ・ディレクターを退任
2013年:「TOD’S(トッズ)」のクリエイティブ・ディレクターに就任
2016年:5月に「TOD’S(トッズ)」のクリエイティブ・ディレクターを退任

 


ジョン・レイ

”John Ray(ジョン・レイ)”はスコットランド出身。スコットランドでグラフィックデザインを学び、その後広告会社に就職したが、1986年にイギリス・ロンドンのセント・マーティン、さらにロイヤル・アカデミーでファッションデザインを学ぶ。

《 略歴 》
1992年:「キャサリン・ハムネット」でキャリアをスタート
1996年:「グッチ」にメンズウェアコンサルタントとしてデザインチームに加入
1998年:「グッチ」のシニアメンズウェアデザイナーに就任
2001年:「グッチ」のメンズウェアバイスプレジデントに就任
2004年:「グッチ」のメンズウェア部門のクリエイティブ・ディレクターに就任
2006年:「グッチ」のクリエイティブ・ディレクターを退任
2013年:「ダンヒル」のクリエイティブ・ディレクターに就任
2016年:「ダンヒル」のクリエイティブ・ディレクターを退任

 


フリーダ・ジャンニーニ

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Frida Giannini
Gucci – Dinner Party on November 13, 2014 in Moscow

Frida Giannini(フリーダ・ジャンニーニ)”は、1972年イタリア・ローマ生まれ。ローマ・ファッション・アカデミー卒業。その後、「フェンディ」のレザーグッズを担当する。

《 略歴 》
2002年:「グッチ」に入社
2004年:「グッチ」のアクセサリーのクリエイティブ・ディレクターに就任
2005年:「グッチ」のウィメンズのクリエイティブ・ディレクターに就任
2006年:「グッチ」のメンズのクリエイティブ・ディレクターも兼任することになり、「グッチ」全体を統括するクリエイティブ・ディレクターに就任
2015年:「グッチ」のクリエイティブ・ディレクターを退任

 


アレッサンドロ・ミケーレ

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Alessandro Michele
Gucci – Milan Fashion Week Fall/Winter 2018-19

”Alessandro Michele(アレッサンドロ・ミケーレ)”はイタリア・ローマ出身。ローマ「ACCADEMIA DI COSTUME E DI MODA」でファッションを学ぶ。その後、「フェンディ」のシニア・アクセサリー・デザイナーを務める。

《 略歴 》
2002年:「グッチ」のデザインオフィス入社
2006年:「グッチ」のレザーグッズのデザイン・ディレクターに就任
2011年:「グッチ」のアソシエイト・クリエイティブ・ディレクターに就任
2015年:フリーダ・ジャンニーニの後任として「グッチ」のクリエイティブ・ディレクターに就任

 

 

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Milan Fashion Week Fall/Winter 2018/19

 

 

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